長崎地方裁判所 昭和39年(ワ)397号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一、原告S子が被告から顔面、頸部、前胸部、左前腕部等に火傷第三度の傷害を負わせられたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、次のような事実が認められる。すなわち、原告S子は長崎市立商業高等学校を卒業後、同市伊勢町の椿屋カメラ店の店員に雇われていたが、肩書地で日用雑貨の小売業を営む母親の原告フヤの取計らいにより、昭和三八年一月頃、同町内に居住し、日頃から原告フヤの店に足繁く出入りして原告S子やその妹と兄妹のように観しい間柄であつた被告と正式に婚約することとなつた。被告は同年二月末頃大阪方面で牛乳販売店を出す計画で同地に赴いたが、右計画が挫折したので再び長崎市に帰り、運送会社の運転手として働き、原告S子と交際を続けていたところ、同年九月か一〇月頃から飲酒の回数が極端に激しくなり、夜中に原告方を訪れて醜態を曝すことしばしばであり、原告フヤの忠告にも耳をかさなかつたため、原告S子はかような被告の生活態度に幻滅を感じ、同人との結婚の気持も薄らぎ始めた。被告は同年一二月二八日原告フヤから右のような原告S子の気持を聞かされたので同人の真意を糺すべく、昭和三九年一月二日両人方を訪れたところ、一旦ひびが入つたから今更どうにもならんといつて結婚を断られたので、その心変りを怒り、直ちに長崎市古町のガソリンスタンドでガソリン二リツトルを買求め、年始挨拶のため晴着を着飾つて勤務先の椿屋カメラ店に赴いた同原告の後を追い、同原告を店前の路上に呼び出して、いきなり同原告の肩にガソリンをかけてマツチで点火した。同原告は全身火に包まれたが、店員らの手によつて消し止められ、辛うじて死亡を免れたものの、前記のような傷害を負うに至つたものである。右認定に反する被告本人尋問の結果はたやすく信用できず、他にこれに反する証拠はない。よつて被告は右傷害により原告両名の受けた損害を賠償する義務がある。
二、そこで、まず原告S子の財産上の損害について判断する。<証拠>を総合すると、原告S子は本件受傷の日である昭和三九年一月二日から同年七月二六日まで浜崎外科病院に入院していたが、右入院中の同年六月二二日の診断によれば、傷害は約二箇月で治癒の見込みであるが、左肘関節の瘢痕除去と肘関節運動の整復を計るのに約一箇月、左口角の瘢根除去と整復に約二箇月を要する見込みであり、続いて同年七月二六日から同年九月二八日までは長崎大学医学部附属病院に入院して手術を受け、退院後も通院しながら治療を受けていること、その間同原告は勤務に出ることができず、同年二月以降収入の途を絶たれ、今後少なくとも昭和四〇年末までこの状態が継続することが認められ、右認定に反する証拠はない。
<証拠>によれば、同原告が昭和三八年中に勤務先の椿屋カメラ店から得た給与所得は金二五万六、八九五円であることが認められ、昭和三九年、四〇年中にもそれぞれこれと同額の給与所得があるものと推認できるので、右金額を基準として同原告の逸失利益を算定すると、一箇月の平均収入は金二万一、四〇八円であるから、右に認定した同原告の就労不能期間である一年一一月分は金四九万二、三八四円となる。しかし、そのうち過去の期間に属する昭和三九年二月から昭和四〇年一〇月までの分の金四四万九、五六八円については、その全額を請求できることは勿論であるけれども、将来の期間に属する同年一一月と一二月分の金四万二、八一六円を一時に請求する場合には、ホフマン式により年五分の中間利息を控除して計算した別紙記載の金額を請求し得るに過ぎない。従つて、被告が賠償すべき逸失利益は、金四四万九、五六八円と別紙記載の金額との合計額となるべきである(後者につき中間利息を控除しない同原告の請求は、その限度で失当である。)。
次に慰藉料の点について判断する。<証拠>を総合すると、原告S子は昭和一四年九月二四日生れであるが、本件受傷により当初は言語に絶する激痛に苛まされ、傷が癒えた今日、なお同原告主張のように顔面、頸部、左手、左右大腿等に顕著な後遺症を呈し、その後ある程度の植皮手術を受けたとはいえ、元通りに回復させるには至難であること、現在起居の動作には支障はないが、首を回すことができず、左手指の伸縮が困難で左腕に力が入らず、声に全く変化を来して大声を出すことができない状態にあること、将来結婚できる望みはまずなく、現在のところ生活の方針は全く立てられないことが認められる、同原告は本来ならば適令期の女性として多幸な青春の毎日を送れる筈のところを、自己に格別の落度もないのに残酷極まる被告の所為により、女性の生命ともいうべき顔面をはじめ身体各所に二目とは見られない醜い火傷の痕をつけられ、生まれもつかぬ不具の身とされて、人並みの結婚をする望みも絶たれ、しかも人目を忍びながら今後不自由な暮しを続けて行かねばならないと考えられるので、その精神的苦痛は極めて大なるものがあり、受傷当時の筆舌に尽くし難い肉体的苦痛と併せ考えるとき、これを慰藉するには金一六〇万円をもつて相当とすべきである。
三、最後に原告フヤの慰藉料の請求について判断する。<証拠>によると、同原告は夫が戦死した後、行商等をしながら女手ひとつで原告S子と妹千里を育て上げ、わが子の幸わせな将来を待ちわびていた矢先、原告S子に本件のような痛ましい傷害を加えられ、その悲歎の度は察するに余りあり、これと前認定の原告S子の受傷の部位、程度、治癒後の創痕等をあわせて考えると、原告フヤの母親としての精神的苦痛を慰藉するには金三〇万円を相当と認める。
被告は、他人の生命侵害があつた場合にのみ被害者の母は慰藉料を請求し得るにすぎない旨主張するけれども、右認定の原告S子の傷害の部位程度から考えると、原告フヤの精神的苦痛は原告S子が生命の侵害を受けた場合にも比肩すべきものであることとが明らかであり、このような場合、被害者の母は民法第七〇九条、第七一〇条に基づき自己の権利として加害者に対し慰藉料の請求ができるものであることについてはすでに最高裁判所の判例の示すところであるから(最高裁判所昭和三三年八月五日第三小法廷判決。)、被告の右主張は失当である。 (福間佐昭 青木敏行 水谷厚生)
〔別紙〕
昭和四〇年一〇月中に支払いがある場合
金四万二、八一六円(同年一一月、一二月分)からホフマン式により年五分の中間利息を控除した金額
金四万二、四六二円
同年一一月中に支払いがある場合
金二万一、四〇八円(同年一二月分)からホフマン式により年五分の中間利息を控除した金額と金二万一、四〇八円(同年一一月分)との合計額
金四万二、七一九円
同年一二月中および昭和四一年一月一日以降に支払いがある場合
金四万二、八一六円
以上